見えない領域の全ての源である『空』を学び、物理次元に生じるありとあらゆる体験を通して人の真化=常に天意からの愛を発揮するが腑に落ちました。
わたしたちのカラダである御神体を育む食場に従事するうちに、食べ物を栄養に変容させて吸収していく消化のプロセスに《生きている光の働き》が感じられ、そこから、エゴの昇華も御神体との共同作業で成されることが明確になりました。
そして食の現場に入ったことで明らかになったのは、企業・個人店問わず、飲食業に従事する多くの方々はカラダを酷使しており、命を育む食を命を削って提供されていること。
飲食店を営んでいた両親がどれほど命を削って働いていたかを理解した瞬間、「ごめんなさい」と「ありがとう」が涙とともに溢れてきました。
わたしも例外ではなく、どの店舗に行ってもスタッフさんに恵まれて、楽しくお仕事させていただいていますが、物理的重労働に女性特有のカラダの変調と伴にカラダが悲鳴を上げてくれたおかげさまで、相当に命を削って動いていたことに気づき、食場を離れる決心がつきました。
口、肘、肩などカラダの節々に炎症を起こしており、気づきを与えてくださった炎症の神様に感謝です。
痛かろうが、躓こうが、天意からの愛を発揮するのは自由です。
それを実行していると、人の真化が腑に落ちてしまうのです。
『腑に落ちる』とは、肉体の細胞まで浸透して全身で理解することなので、頭の理解を超えています。
頭の理解は文字や言葉を使って習得する知識が必要ですが、全身の理解は言葉を介さず実感でわかるので、IQ・知能指数に関係なく『博識の成績優秀とされる者が理解できない感覚を、白紙の知的障がいとされる者は全身で理解している』ことが大いに在りうるのです。