春分の日に、先達のお一人が主催する《祝いと感謝の祭》に参加させて頂きました。
ここ4年ほどは、パンデミックとは関係なく、遠出の予定を立てても、現地からストップがかかることが続いていたので、久しぶりのお出かけとなり、季節と初物を味わう『春の遠足』を楽しんで参りました。
先達を含め、皆さんとお目にかかるのは2度目ですが、着席して、全員のお顔を見渡しながら、「日々、人は変化しているのだから、再会するって凄いことだよなぁ」と、改めて、感謝が湧いてきました。
お題となっていた各人が主体となって開催した祭の報告会は、彩り豊かな体験を共有する楽しさを味わい、昼食は、旬を活かした料理も、用意して頂いた飲み物も「まろやか」で、力技ではない真心の工程を観じることが出来ました。
そして、繊細なお料理を締め括るデザートが、それまでとは打って変わって、ごつい岩のような形をした苺大福。
「手でお召し上がりください」とのお言葉通り、手掴みで頬張ると、まるごと苺の柔らかい甘みと薄付きの餡子とお餅のハーモニーが、口いっぱいに広がって、その日一番の おいしい顔で「満足です!」と発していました。
これは、味覚だけでなく、繊細さも、大胆さも、全部丸ごと頂く歓びをも含めた「満足です!」でした。
その後、地元の方々に親しまれている神社に参拝した時のこと。
背中にスケボーを担いだ小学校高学年くらいのグループが、門の前で一礼してから境内に入っていく姿を拝見し、「親しい間柄になると忘れがちな礼儀の所作」が、彼らには自然に身についていることから、その土地を愛する氣が全身から溢れていました。
祝いの品とセットになった御神籤は、各人に向けたテーマと、その実践に必要な品がプレゼントされました。
御神籤なので、品を用意した主催者であっても、どれが誰に当たるかはわかりません。
そんなワクワクの中、参加者全員が一斉に引いた御神籤で、私が担当するのは《天体観察》
多くの人を魅了してやまない天体観察ですが、私は意識を向けたことがなく、ましてや、それに必要な機材など自分で購入するはずもなく、「こんな機会がないと、絶対やらない」と断言できるほどに、ドンピシャな未知なるチャレンジが当たりました。
この流れから、写真家活動の発端は、ほぼ初めましての方から、不意に一眼レフカメラを渡されたことを思い出しました。
この度、私の元に届いたのは双眼鏡でして、《片目(一眼)で映す ➨ 両目(双眼)で観察する》変遷と、神社の御神籤に書かれていた《母子ともに順調》のメッセージから、『わたし』という人型生命体の健やかな成長を示してくださいました。
そして、実行者は『わたし』ですが、根底にあるのは全体貢献ですから、個人の欲を満たす仕事ではございません。
好きでも嫌いでもないフラットな状態で、どのような行動が起きて、どのように観じるのかを、中立に観察させて頂く所存です。
全編通して、その土地の方々にも大いなる祝福を観じられたのが嬉しくて、足どり軽くウッキウキで帰宅したところで、「遠足は、家に帰るまでが遠足です」と、小学校の先生のセリフが浮かんできて、主催者への帰宅報告をもって、春の遠足が完結しました。
友達付き合いも同僚付き合いもなく、家族とも淡泊な関わりで 9割がた一人行動の私にとって、誰かと一緒に過ごす瞬間は、発見の連続です。
皆様も、春ならではの自然な味わいをお楽しみくださいませ♪
