地球に初めて降り立った時、魂は嬉しくて仕方なかったはず。
体験の全てが感動だったはず。
これを実感する出来事がありましたので、ご報告いたします。
昨日、甥っ子と箱根の山に登ってきたのですが、下山(それも休憩中)に、足を滑らせて足首を挫いてしまいました。
なんとか歩いて帰ったけれど、骨折していました。
足に力が入らず、どうしたらいいものかと後から来たご夫婦に声をかけ、地元の警察に連絡を入れて頂いていた時、
その後ろから来た9人の山岳チームが、「その場で自分達に出来ることをする」見本のような動きで、私たちをサポートしてくださいました。
「私も捻挫経験あるから」と自ら救急セットを持ち出して、足を固定してくださる方。
ストックを貸してくださる方。
(私の身長に合う長さに調整してくださいました)
林道まで、段差が少ない道を先導してくださる方。
私の荷物を持ってくださる方。
すぐ後ろで守るように歩いてくださる方。
先に行きたい甥っ子に同行してくださる方。
おまけに、登山に参加していないお仲間に連絡してくださっていて、
通行止めになっている林道のゲートを守衛さんに頼んで開けてもらって、林道から麓の社務所まで車で送ってくださいました。
ここまででも、何をどうすればこの感謝を伝えられるのかわからなくなるほど大いなる愛を受け取っているのに、まだ、続きがあるんです。
山岳チームとは社務所でお別れしたのですが、社務所のスタッフさんが、1㎞先のバス停まで車で送ってくださったのです。
そして、「これに懲りずに、また来てくださいね」と一言。
帰りのバスの中で、言葉にならない感謝と感動で震えていました。
この捻挫は、どんなことも喜びになることを教えてくれた天意からのプレゼントとしか思えません。
肉体を授かり、生きて体験している。
それが、どれだけ素晴らしいことか。
歩ける有難さはもちろんですが、皆さんの愛の行動を知り、最高の一日でした。
嘘偽りなく、体験の全てが感謝と喜びと感動なのです。